新劇団員、五名入団のお知らせ。

突然ですが、この度、宮川飛鳥、徳倉マドカ、望月馬木人、河原翔太、松尾理代 の五名がアマヤドリの劇団員となり、活動をともにしていくこととなりました。どうぞよろしくお願いいたします。

未だコロナ禍の真っ只中にある我ら演劇業界ではございますが、この度、アマヤドリでは一挙に五人ほど新人劇団員を迎え入れることになりました。

うかうかしている間に劇団も今年で創立二十周年を迎え、過ぎ去りし膨大な歳月と、過ぎ去っていった人々、あるいは、やり残した野望の残骸の数々に呆然としつつも、また、のんびりと茶などしばいている昨今ですが、むしろ、ここらですべてを忘れて若者たちと戯れてみるのもまた一興、などという妙な気を起こしましたので、この度の一挙入団となりました。

欠陥の多いポンコツ人間ばかりのようにも見えますが、なかなかどうして見どころや魅力、才能のほのかな香りなども備えた連中であるようにも思われます。五年後に一人ぐらい残っていればまあ、いいか。ぐらいの気持ちで劇団員一同、なま温かく新人を迎え入れる運びとなりましたので、どうぞお客様各位におかれましても、誰が一番先に辞めそうか、などという邪念はいったん脇においていただきまして、今後の彼らのポンコツぶり、もとい、活躍ぶりに注視していただけますようお願い申し上げる次第です。

主宰・広田淳一

以下、新人各自の入団のご挨拶です。

宮川飛鳥

900_720_宮川

劇団員プロフィール ▶︎ 宮川飛鳥

はじめまして。
この度アマヤドリの劇団員となりました、宮川飛鳥と申します。
広田さんに初めて言われた言葉、今でもよく覚えてます。『君は顔も芝居も普通だね〜』です。うん。初対面の人間に言う言葉じゃないですよね。ええ。正直今でも言われてます。だから僕の目標は広田淳一に『面白いな飛鳥!』と言わせること、これだけです。
2年前にその頃住んでいた新潟でそんな事を言われて、何を思ったのか次の月から毎月のように夜行バスでアマヤドリのジムに通うようになりました。そして昨年上京してすぐに、アマヤドリの本公演『生きてる風』へのオファーを頂き、この度劇団への所属が決まりました。
現在は新人として広田さんの元で稽古を積み、劇団の事務作業に翻弄されている日々ですが、最近の悩みは携帯の画面に“広田淳一”という着信が表示されることへの恐怖です。絶対芝居で広田さんをギャフンと言わせます!
どうぞよろしくお願い致します!

徳倉マドカ

1300_1040_徳倉c

劇団員プロフィール ▶︎ 徳倉マドカ

はじめまして。こんにちは。
徳倉マドカと申します。
この度アマヤドリに入団させて頂くことになりました。恐れながら、入団の経緯を少しだけお話させてください。
初めてアマヤドリの公演を観たのは高校の演劇部内です。たまたま顧問が持っていた『ロクな死にかた(初演版)』のDVDを鑑賞するという機会がありました。北海道の田舎の高校の教室の片隅で、東京にはこんなに面白い演劇があるのか、ととても感激したことを覚えています。
上京して7年、東京には面白い演劇が沢山あったけれど『好きな劇団』で挙げるのは今でもアマヤドリ、です。これまで広田さんにお願いして演出助手を2回程務めさせて頂き、やっと今年初めての出演を果たしました。
私にとって『生きていてよかった』は人との出会いのその都度、その先にあるのかもしれません。周囲のすべての方に感謝して人として精進して参ります。それが、広田さんの作るアマヤドリの作品に繋がると考えるからです。
読んで頂きありがとうございました。
皆様、これから何卒よろしくお願い申し上げます。

望月馬木人

1350_1080_望月

劇団員プロフィール ▶︎ 望月馬木人

今年(2021年)の4月に、それまで勤めていた会社を辞め、いわゆる脱サラをしました。
「このコロナ禍に?」と、たくさんの人に言われました。
私としてはむしろ逆で、コロナが自由を奪い、死をより身近にしたことで、自分にとっての“生きる”を考え直させられたからこそ、この決断に至りました。
「人は(というか、僕は)なぜ生きているんだろうか。」
私がこれまでの人生で断続的にぶち当たってきた問い、そしてこれからも考え続けていくであろう問い、です。
今はただ、芝居が、私にとっての“生きる”になると信じて。
そして私の“生きる”が、一度も出演したことのない私をWSオーディションを経て拾ってくださった、
アマヤドリの作品づくりの一助となるように。
独立不羈、不撓不屈、捲土重来。どうぞよろしくお願い致します。

河原翔太

1080_864_河原

劇団員プロフィール ▶︎ 河原翔太

河原翔太と申します。
まだ広島にいるころ、所属する劇団で上演する戯曲を探しているときに『ロクな死にかた』を見つけ、「これがやりたい」と声をあげたのが始まりです。
その後、縁があり、広島で広田さんにワークショップをしてもらえることになりました。
そこで初めて広田さんにお会いしたのですが、演技に関する指摘の的確さ、論理的思考力、言語運用能力に驚嘆しました。あ、この人には全部ばれる、と。
それからしばらく後、東京に『やがて二人は部屋を出る』を観て、同年代の俳優が恐ろしく高いレベルのことをやっており、非常にまいりました。これは僕もアマヤドリに入るしかないのではないか、という考えが生まれたのがそのときです。
そのあとは広島から足繁く「演技のためのジム」に通い、上京してからもアマヤドリ入団/出演を目標にしつこくアピールし続け、『生きてる風』出演を経て、今に至ります。
よろしくお願いいたします。

松尾理代

1350_1080_松尾

劇団員プロフィール ▶︎ 松尾理代

はじめまして。松尾理代と申します。
私の初舞台は、地元、愛知県豊橋市にて上演された『穂の国の転校生』です。演出家は広田さんでした。この時初めてアマヤドリの作品『うれしい悲鳴』を鑑賞し、心に火が灯りました。本ばかり読んで友達もおらず、無感動に生きていた16歳の私にはとんでもない経験でした。人生が変わりました。
この日灯った火が消えることはなく、京都芸術大学にて舞台を学びました。そして、この度アマヤドリの一員になることができました。
当時の私に教えたら、びっくりすることばかりです。絶句しそうです。憧れていたアマヤドリの先輩と、舞台に立つチャンスがあるなんて…。
アマヤドリで勉強、成長していけることを大変嬉しく思います。観にきてくださった皆様の心に火を灯せるよう、精進してまいります。
ちなみに、唐揚げが好きです。自分で作ります。一時期週3で揚げていました。塩麹がポイントです。

新布陣になったアマヤドリ、今後もよろしくお願い申し上げます。