◆◆◆ 勝ち負けのフレームからこぼれ落ちるその人の存在感 ◆◆◆

 

7月都内某所・稽古終了後。今作の文芸助手・稲富裕介氏が広田淳一に最新作『すばらしい日だ金がいる』の構想について直撃インタヴューを行った。

 

すばらしい日だ金がいる_ショートインタビュー

 

 

───さて。今日の稽古を見ていて、アマヤドリの稽古としてまた今までにない新たなことを試みていると思うのですが、今作『すばらしい日だ金がいる』で広田さんが目指しているところ、野心、ヴィジョンはどういったものになるのでしょうか。

 

 

広田:そうですね……まず、今作にかぎらず今後のことを見据えて僕が考えているのは、作家として、自分の書く戯曲の世界をもっと拡げていきたいと思った時に、最初から完成形が見えているような書き方をしては駄目なんだろうということ。今まではうっかり、「なるべく上演時間を短く、ドラマを詰め込んで、伏線を緻密に構築して……」というような面白さを追求しつづけてしまったのだけど、それを『悪い冗談』の時に少し疑ってみたんです。というのも、そういうことをしていてもテキストとしても痩せていく一方なんじゃないか、という予感があって、もっと別の書き方をしないと面白くないんだろうと思っています。テキストとして、もっと演技のふくらみを出せる戯曲にしていきたいし、だから役者にも、今までにないことを要求してみようという方針でやっています。

 

 

───その方針というのは、今作の「うつ」と「競争」というテーマとも関係しているのでしょうか?

 

 

広田:明白に意識していたわけじゃないけれど、関係があるとは言えるんじゃないかな。さっき言った緻密に組み立てられたサスペンスとか、無駄なく伏線を張るドラマツルギーとかって、一言で言うと、「機能美」を追求しているってことだと思うんです。言ってみればそれは「競争」に勝てる書き方ですね。逆に、そういった視点から見ると「うつ」になって停滞しちゃってる時間ってまったく何の機能もしてない時間ということになると思うんです。明確な目標を失った生活の一つ一つの要素がばらばらになって浮遊している、そういう手探りの状態から物語をはじめてみて、どんな風景が見出せるか……というのを今試行錯誤しているところですね。或る意味、非常に自由度の高い作品にしたいと思っています。

 

 

───「競争」との対照で「うつ」を描こうとしている?

 

 

広田:ある意味でその2つは対義語みたいなものだと思うんです。だけど、多分、その2つの中間点には解決の糸口はなくって、その二項対立から外れないといかんなあ、と思っているんです。……そう、自分自身を省みても、勝ち負けにしちゃいけないと思いつつ、いつの間にか勝負に引きずりこまれていたり、自分も他人もついつい「競争」に追い込んでいることがあるから、そこは自覚すべきだなという問題意識を持っています。若い俳優の子たちをトレーニングする時でも、ついつい「勝てる人材になりなさい」という意味のことを結果として言ってしまってるんですよね。いや、現実的にそうやって尻を叩かないと役者になれないんじゃないか、って思いもあるんです。だけど、技術のレベルの優劣っていうだけで演技を見ていても──その高低についてはある程度、よく見えるようになってきただけに──見出せる面白さに新鮮味がなくなってきたと感じている。

 

 

───公開された挨拶文にも、「競争の中で競争から離れ、じっくり考えながら作って行く」というような言葉がありますね。

 

 

広田:「競争」ということだけで世界を見ることに、僕自身行き詰まりを感じているんでしょうね、演出家としても、劇作家としても。資本主義的な自由競争というのは確かにすばらしいものではあると思うんです。それに、そう簡単に競争から逃げられるものじゃない。ノルマに追われる営業マンや受験生に「世界は競争じゃないよ」なんて言って見たって「はいはい」ってなもんでしょう笑
だけど、競争じゃない部分も社会にはたくさんあるし、世界はもちろん競争なんかではない。だから、もう一度、サーキットじゃないものとして現実世界を再発見したいと思っているんです。たとえば或る人物の台詞を書くにしても、その人物の社会的立場や動機に拠って書くのではなくて、言いよどみやノイズを含め、その人物が普段どういうふうにイメージを言語化して喋っているかという個性みたいなところまで遡って、台詞を書き分けたい、みたいなことを考えている。そういうふうに、その人のまだ情報化されていない部分、勝ち負けのフレームからこぼれ落ちるその人の存在感に着目していった方が、台詞の豊かさが増すんじゃないかと思っている……。そういう意味では、今日の稽古でも、多くのフィードバックや収穫があったなと感じています。

 

 

───ありがとうございました。戯曲の完成を楽しみにしています。

 

 

(取材・文:稲富裕介)