2024年8月17日〜26日、
吉祥寺シアターで行なわれる
アマヤドリ・新旧二本立て公演
『うれしい悲鳴』の出演者より、
相葉りこさん / 西川康太郎さん / 津田恭佑さん
の三名にお集まりいただき、
諸々語っていただきました。
※『うれしい悲鳴』の
キャスティングに関する
ネタバレを含みます!
──── さて、本日は、来月8月の17日(土)~26日(月)に吉祥寺シアターで行なわれる、アマヤドリ新旧二本立て公演の『うれしい悲鳴』の出演者の方から、劇団員の相葉りこさん、たびたび客演してくださっている西川康太郎さん、加えて、アマヤドリ初出演の津田恭佑さんのお三方にお集まりいただき、座談会をやっていきます。よろしくお願いいたします。
全員 よろしくお願いします。
──── 座談会とは称しているのですが、前半はお一人ずつお話をうかがっていきたいと思います。
まずは、津田恭佑さん。今回、主人公のマキノ久太郎役の西川康太郎さん、ヒロインの斉木ミミ役の相葉りこさんに加えて、座談会メンバーを選ぶとしたら誰がよいだろうかと広田さんにうかがったとき、名前が挙がったのが津田さんでした。
相葉りこ 一推しだったんだ。
──── それだけのやる気や意欲を稽古場で出されていたのだと思います。実際、今回津田さんがおやりになる「黒川」という役は、作品内の位置づけとしては第三の主役と言っていいほどの役だと思いますし、また、初演のときは、アマヤドリ劇団員のなかでも広田さんと付き合いの長い倉田大輔さんが演じていた役でもあります。
さて、そんな津田さんですが、プロフィールを拝読すると、2015年、二十代前半の頃から舞台に立っておられるんですね。俳優の道へ入ったきっかけや、舞台芸術に興味を持ったきっかけなどをうかがってよろしいでしょうか。
津田恭佑 もともと自分は映画が好きで、子供の頃は鍵っ子で、一人の時間が長かったので、よく自転車をこいで映画館に通っていたんです。そうやって多くの映画を観ているうちに、自分も映画に出る側の人間になってみたいな、とスクリーンの向こう側に憧れをいだいたのが、俳優の道を志したきっかけでした。
でも、俳優を志したはいいけれど、事務所の入り方も分からなくて、どう始めたらいいのかを模索していたときに、舞台のオーディション情報を見つけて、応募した、っていうのが自分が舞台芸術に触れた一番初めなんですね。その後、自分がご縁があったり仲良くなった俳優の先輩方のなかにも、舞台を大切にしている方が多くいて、そういった方たちが大切にしている舞台ってどういうものなんだろうな、と思い、さらに舞台に興味が湧いていったという次第です。
──── それで、現在でも舞台での活動もつづけていらっしゃるんですね。では、津田さんがアマヤドリという劇団を知ったきっかけについても、うかがってよろしいでしょうか。たぶん、けっこうコアな演劇好きでないと到達しない劇団ではあるかな、と思っているのですけれど。
津田 ちょうど2023年3月の『天国への登り方』より前の時期ですが、舞台の方面でもがっちり肩を組んで創作に取り組めるような人を求め、演出家の方や劇団の方との出会いをさがして、自分は、色々オーディションを受けていたんですね。その時期、アマヤドリの舞台を観たことがないままアマヤドリのWSオーディションを受けたというのが、アマヤドリとの関わりの最初でした。そしたら、オーディションでの広田さんの演出のあり方が素敵だな、と感じて、そこから『天国への登り方』等の作品も観させていただくようになりました。
りこ 6月の『牢獄の森』も観に来てくれましたよ。
──── 豊橋まで来てくださったんですか?
津田 他の仕事がつづいていた時期だったので、ちょっと旅行がてらに行ってみようかな、と思って。豊橋のPLATという劇場も行ったことがなくて気になっていましたし、一緒にやることが決まっていた劇団ですから。それで豊橋まで行きました。
──── ありがたいことですね。少し話は戻りますが、最初のオーディションのときに、津田さんが広田さんに抱いた印象というのはどういったものだったのでしょう?
津田 自分が普段、舞台にかぎらず色々な現場で自分が大切にしていることを、広田さんも大切にされているんだなということを感じました。当たり前のことですけれど、相手役としっかり関わっていく、お芝居であっても相手としっかりコミュニケーションをする、ということを、すごく大事にされている方だなと。
──── なるほど。そして、そのきっかけからアマヤドリの作品を観ていただいたということでしたが、基本的には最近の作品ということになりますね。翻って、『うれしい悲鳴』は十二年前に書かれた戯曲で、作風も今のアマヤドリとは大分ちがうのですが、津田さんに、とくに本作に対する意気込みというのはありますか? 広田さんは、稽古場での津田さんの意欲というものを非常に買ってらしたようなので。
津田 めちゃめちゃあります。アマヤドリの作品を拝見していて僕が思うのは、他の舞台や他の団体とくらべると、アマヤドリの作品は「空間」をすごく重視しているんだなということ。お芝居だけでなく、群舞や、舞台美術や、照明といった要素を全部含めて、アマヤドリの作品なんだなと思えるんです。それはこの『うれしい悲鳴』という作品でも同様だろうし、今回、僕が担うのは、そのなかでは群舞と、黒川という役をいただいた上でのお芝居の部分になるでしょうが、自分が初参加かどうかということにかかわりなく、アマヤドリの「空間」に貢献できたらいいなと意気込んでいます。本気で。
──── おっしゃるとおり、アマヤドリの作品は、リアリズム演技を基盤としながらも、等身大の日常のリアルという方向には行かず、抽象的な舞台美術を背景に、余白を身体表現や想像力で埋めていくというのが特徴ですね。今のお言葉は、それを的確に捉えてくださったと思います。
ついでながらお尋ねしますが、広田さんの戯曲についてはどう感じておられますか? 広田さんの戯曲自体も、単純に語彙が豊富だったり文字数が多いということも含め、他の舞台、他の団体とくらべた場合の特徴があると思うのですが。
津田 戯曲は……僕はキャストオーディションのときにマキノの長科白なども覚えましたが、最初の印象は、けっこう覚えづらいかなと思いました。内容も難しいし。でも、広田さんの書いている呼吸、というか、そういうものを何となく感じて、それにのっとってやるとよく覚えられたんですよね。そういう呼吸を、広田さん独自のものとして感じたのかもしれないです。
──── 興味深いお話をありがとうございました。
では次に、西川康太郎さんのお話をうかがっていこうと思います。西川さんはもはや、アマヤドリのほとんどの劇団員よりも、断然アマヤドリ主宰・広田さんとの付き合いが長くなっていますね。
西川康太郎 そうですね。〔中村〕早香さんを除くと。倉田さんと同じくらいで。
──── 2007年から単純な年数で言えば十七年ほど。もちろん西川さんは初演の『うれしい悲鳴』にも再演の『うれしい悲鳴』にも出演されている。そして、今回が三度目の『うれしい悲鳴』への出演オファーとなったわけですが……。
不躾ながら、ここで、2023年に西川さんが俳優を一旦辞めると公言されたことについて、お話をうかがわせてください。これはべつに深い理由まで踏み込んで答えていただきたいということではないのですが。
西川 はい。
──── 私も、2023年3月にゲキバカのWEBサイトで公表された西川さんの文章は拝読しました。あの、2023年5月以降に役者としての活動を停止すると宣言された文章を。その後西川さんは、ゲキバカの解散公演には参加されましたが、それ以外に役者としての活動はなく、演劇とのかかわりは「おしゃれ紳士」の演出の仕事などに限っていた。
その文章のなかで西川さんが書いておられたのは、……役者をするのが「自分でなくともよい」という感覚、さらには、「役者としての西川康太郎に期待が持てなくなった」というお考えがご自身にあって、一旦役者を辞める決意をしたということでした。
ですが、今回こういうかたちで広田さんから出演オファーがあり、そして、稽古開始当初はともかく、今はもう、2024年の『うれしい悲鳴』のキャスティングを考える上で、主人公のマキノは西川康太郎さんでなければならない。と、そう広田さんは判断していると思います。
以前、2021年の『崩れる』に客演されたときにも、西川さんにインタビューさせていただいたことがあります。そのときに西川さんは、自分は騒がしくする、にぎやかにするのが得意だし、そういう武器を持っている役者として広田さんに呼ばれているのだろう、とおっしゃっていて、その発言が印象に残っていました。しかし、今回の広田さんのオファーというのは、そういう武器を持った役者としてというよりは、もっと純粋に、役者としての西川康太郎さんに期待してのオファーだったのではないかと思います。座組の顔ぶれからしても、西川さんがマキノ役の候補として呼ばれたことはまちがいないですし、そしてそのマキノ役は、中盤のあのとんでもない長台詞なども含め、役者としてどの水準でやれるかということが問われる役でもある。
くり返せば、辞めると決めた役者業を西川さんが再開しようと思い直した理由を、ここで踏み込んで語ってもらいたいということでは、ないです。ただ、今回の広田さんのオファーを、西川さんがどのように受け止められたのか。それを聞かせていただければと思います。
西川 単純に、「嬉しかった」っていうのはもちろんあって。オファーをもらえれば嬉しいし、アマヤドリも好きなので。
ただ、広田さんって、俺が「役者を辞める」って発表したときに、速攻で電話を掛けてきた人なんですよ。「飯を食いながら話そう」と。そしてその食事の席でも「あれはどういうことなんだ」と質問してきて。どうもこうもないよとこっちは思ったんですけど。
でもそこで、広田さんは「一旦辞めるのはいいけど、やっぱり役者をやった方がいいんじゃないか」とおっしゃって、たぶん、それを直で言うために連絡してくれたんだと思うんですね。そして俺も、そういうことを言ってほしかったところはあったと思う。役者を辞めるって、べつに辞めようと思えばスッと辞めることもできるじゃないですか。そうしないで、「辞める」と公言することには、それに対する反応がほしいということでもあって。広田さんはまずそれをダイレクトに伝えてくれた人だった。
今思うのは、……当時は、舞台に上がるのが「俺でなくてもいい」、「俺が役者をやらなくてもいい」という考えがあって自分は役者を辞めたんだと思っていたけれど、この、「役者をやらなくてもいい」という言葉は、じつは他の可能性も含んでいる言葉だったんだなということ。役者をやることは面白いし、役者をやりたいという気持ちが自分のなかでなくなることはないだろうけれど、そのときは、単に役者をあいまいに休止するのではなくて、一旦ちゃんと辞めることが自分には必要だった。でも今は「役者をやらなくてもいい」と考えられるなら、逆に、「役者をやってもいい」とも考えられるな、と思う。依然として自分に期待が持てないという気持ちは、継続してあります。演技の面でも、創作上のコミュニケーションといった面でも。そういった面での自分への期待はずっと持てていない。持てていないんですが、でも、そういう状態であっても、「やっていい」のかもしれないな、と。
あらゆる面で完璧で美しい、素晴らしい人しか舞台にいられないわけじゃない。もちろん素晴らしいものを観たいし観せたいと思っているんだけれど、すべてが計算どおり完璧に上手くいけばいい、全員が何の瑕疵もない素晴らしい人間であればいい、ということではないんだろうな、と。失敗のなかにこそドラマがあるのかもしれない、と。そう思ったとき、「ああ、やってもいいんだな」とも思えた。
とはいえ、さすがに即答で「出ます」とは言えなかったです。超悩みました。色々文句を言われることはしょうがないなと思っていましたが。「辞めたって言ったのに辞めてないじゃん」とか。まあそう言われても、それはそれでいいかという気持ちではあった。
でもやっぱり、広田さんみたいな人からのオファーだったということが、大きかったんでしょうね。踏み込む、踏み込まない、ということで言うと、広田さんは踏み込んでいく人じゃないですか。俺が「辞める」と公言して、広田さんから電話があって、一緒に食事したときにも俺は広田さんに言ったんですよ。「なんでそんなに相手の人生に踏み込めるんですか」って。逆の立場だったら、俺は絶対に電話を掛けないと思う。すごく仲のいい人間でも。躊躇してしまう。相手にも踏み込まれたくない領域があるだろうし。電話掛かってきたときだって、「正直何を話すんだろう」という気持ちだったんですよ。まあ俺が傷んでいるので会って慰めてくれるのかなという可能性もなくはないけど、広田さんの場合、それはないから。
──── (笑)
西川 もう長い付き合いで分かってるんで。普通に「あれはどういうことだ」「どういう理由だ」「まず聞かせてくれ」っていう話になって。それって、踏み込むってことですよね。親しい友人とか、劇団員とかはやっぱり、敢えて訊かないでいてくれたんですよ。「辞めないでほしい」みたいな意見はありましたが。それは俺だけの深い考えがあってのことだから、っていうことで、そっとしておいてくれて。でも広田さんは、そこを超えてくる。
そして、そういう人から来るオファーっていうのを、自分の気持ちだけでやり過ごすことはできないなって思った。そもそも「気持ち」なんて、自分の存在を構成するものとしては一割くらいのものにすぎないと思うんですね。他にも体調とか気分とかあるなかで。だからオファーがきたとき、「気持ち」だけを基準にして「いや、やっぱりまだ出られないです」と言うこともできたけれど、それはちがうなって思ったんです。そういう人からのオファーを気持ちだけでやり過ごすというのは。まあ、単に俺が広田さんの作・演を好きだっていうのもあるけど。
だから、オファーの電話がきたとき、三、四日ぐらい悩んだけれど、本当は電話がきたときから自分のなかで決まってはいたんでしょうね。
ただ、舞台に立つことは決めたけれど、自分が役者であるかどうかということには、いまだに自信はないです。本当にできるだろうかというような段階にはいて。だから最近、体調が悪いです(笑)。やっぱ自分的にはダメージをまだ負ってるんだなと思います。……質問への答えになっているか分からないですが、そんな感じです。
──── 単純には受け止められないお話で、簡単にはコメントできないのですが、真摯に語ってくださったことに感謝いたします。
今回の座組で、『うれしい悲鳴』の初演も再演も出演されているというのは、西川さんだけですが、初演時、再演時のことで記憶に残っていることはありますか。
西川 初演時はミミの父親の役だったんですが、俺は、黒川をやりたかったんですよ。自分にできるかどうかはべつとして黒川は好きな役です。キャラクターとして好きですね。「魚の目あるの?」って訊かれて、「ちょうど左足に」って答えるところとか。
──── そこですか(笑)。
西川 いや、俺はあの科白が一番好きです。わざわざ言う?ってところが。魚の目があるかなんていくらでもごまかせるのに、ルールだからって「あるよ」って言っちゃう。自分でもバカだなって思いながら言ってるんでしょうね。ああいう科白言いたいなって思う。
それで、再演のときには「黒川やりたいです」と名乗りを上げて、〔ワタナベ〕ケイスケとキャストオーディションみたいな感じになって、結果的にケイスケが黒川をやることになったんですけど。
そのときに、広田さんから「そんなに自分が黒川みたいなつもりでやらないでくれ」って言われたんですよね。やっぱりこっちとしては、やりたい役だから気合い入るじゃないですか。やるぞ!みたいな。でも、広田さんからは「そんなふうに黒川の怒りを分かったような顔でしゃべらないでくれ」って、実際はもっと長かったけれど、要約するとそういうようなことを言われたんです。べつにそのとき自分がやった演技がまちがっていたとは思わないし、俺のやり方が広田さんの目にはそう映ったということではあるんですが、ただ、その広田さんの言い方は面白いなと感じて、記憶に残っています。「分かったみたいにやらないでくれ」──役者って基本的に役を分かろうとするじゃないですか。どれだけ分かることができるかはともかく。でもその「分かる」ってことは頭のなかで理解しているにすぎないのかもしれないな、とか、自分の今までのルールブックにない発想を与えられたように思って。それがすごく印象に残っていますね。
──── 興味深いお話をありがとうござました。
次に、ヒロインのミミ役の相葉りこさんにお話をうかがいたいと思います。りこさんは、これは以前にも何回か聞いたことがありますが、2013年の『うれしい悲鳴』の再演版を観たことが、アマヤドリのオーディションを受けるきっかけだったんですよね。
りこ そうです、はい。
──── それで2015年にアマヤドリの舞台に出演されて、アマヤドリへの入団も同じ2015年ですけれど、その頃のことは覚えていますか。
りこ 覚えてます。2013年の再演を観たときは、自分はもうお芝居を辞めようかなと思ってた時期なんですよ。
──── そうなんですか?
りこ 大学の先生だった鴻上尚史さんが「今観ておくべき劇団」としてアマヤドリを挙げていて、あと、振り付け協力がスズキ拓朗さんだったんですが、拓朗さんも大学の先輩でめちゃくちゃ仲良くしていただいていたので、これは観に行くしかないなってことで、初めてアマヤドリを観に行きました。双子で。
当時私は、お芝居をやっているけれどお芝居を楽しいと思って観れることが少ない人間だったんです。でも、そのときの『うれしい悲鳴』で初めて、終わったあとに座席から立てないっていう経験をしました。あの吉祥寺シアターで。
で、そのあとのアフタートークで、広田さんが出てきて、「怖いですよねー。『キスして! 殺して!』みたいな科白をこんなおじさんが真っ暗な部屋で書いてるんですよ」とか言って笑いを取っているのを見て、こんな人が書いてんのかーと思ったりして。
──── (笑)
りこ あと、主演の藤松祥子ちゃんが劇団員なんだと思って、こんな素敵な子と一緒にお芝居やりたいなと思って、オーディション受けに行ったら、「あの子は劇団員じゃないよ」って言われて、十秒ぐらいそのオーディションの会場で固まったりもしました。
──── そんなことがあったんですね(笑)。
りこ 入団時の想い出はそんな感じですが、そもそも、双子でアマヤドリに採用されるとは思ってなかったです。2015年の芸劇でのアマヤドリ公演への出演自体、最後の記念みたいなつもりだったので、私は「劇団員になります」って言えなかった人なんですよ。公演終わったあとの面談では。でも、広田さんが「二人とも採る」って言ってくださって。しかも「アマヤドリに入るからには、二人を別人として扱う」とも言われて、初めて一人ずつの個性として扱ってもらいました。それまでは事務所も双子として入っていたし、周囲から「双子セットでいけ」みたいに押し立てられていたんですけど。そこからはるか・りこの双子で近づこう、似せようとしていたのを逆に分けていかなきゃならないってことで、新たな焦りとかもありました。
──── 私(文芸助手・稲富)はアマヤドリに関わりはじめたのが2014年からで、るかさん・りこさんも入団当初から見てきているわけですが、当時は、いつか将来りこさんが『うれしい悲鳴』のヒロインをやることになるとは、全然想像できなかったですね。9年の歴史を感じます。
りこ そうですよね。
──── でもその前兆というのはあって、再演版の斉木ミミを演じた藤松祥子さんが、『非常の階段』初演で演じた末の妹の役を、『非常の階段』再演版(2017年)ではりこさんが演じられていましたよね。あれも長科白があって難しい役だったと思いますが。
りこ あれは、人生で一番苦戦したのがあの役かもしれないです。みんなはけっこうあの役のことを「分かる」「分かる」と言っていたけれど、私は育ち的に、親に自分の想いをぶつけるみたいなことを許されると思っていなかったんですよ。人間関係のなかで、中間管理職的というか、いかに双子という武器を使って場を平和にしていくか、みたいな立ち回りをずっとしていたので、「もっと私を見て」というふうに、自分が抱えていることを手放しで親に言うみたいなことが、自分の人生的に考えられないことすぎて。大苦戦しました。
──── パーソナリティ的に役と距離があったということですか。
りこ あと、みっともないなって思って。そんな大人気ないことする?っていうふうに、自分の価値観で役を裁いてしまったんですよね。「(俳優として)その役いいね」って周りから言われてはいたけど、自分はやりにくいなって思ってました。なんなら、るかのやってるギャルの役をやりたかったなって。るかは楽しそうでいいなーって見てて思ってました。
──── (笑) でも、苦戦されたっておっしゃってますけど、りこさんはあの難しい役で十分なパフォーマンスを出されていたと思いますよ。
苦戦された、という話をつづけると、広田さんからうかがっていますが、昨年秋の『代わりの男のその代わり』でも大分苦戦されたそうですね。
りこ しました。でもあの苦戦は『非常の階段』の苦戦とはちょっとちがって、環境要因が大きかったです。稽古期間と、自分のヨガ・インスラクターの仕事でアジア規模でやる大きなイベントに呼ばれた時期が重なってしまって。さらに父親がガンの闘病中で、もう二十四時間介護でるか・りこでつこうみたいに言っていた時期でもあって。実際、公演直後に再入院、翌月に亡くなりました。
しかも三人芝居で、三人で三万文字の戯曲ですから、やるからにはすごく集中しなければならないのに、『代わりの男のその代わり』の本番の他にも9月は五つくらいやらなきゃならないミッションが重なっていました。長く台本に触れられない時期もあって、そのあいだに台本が書き換わって、科白の覚え直しが全然ままならなかったりして。
だから、『代わりの男のその代わり』の経験は、安易に無責任にオファーを受けるべきじゃなかったなという反省とともに、自分が何を優先するのか、見つめ直す経験にもなりました。自分は、芝居をやりたいのか、ヨガの方でも有名になりたいのか。それまでは両方同じくらいの力の入れ方をしていたけれど、そこで、かなり優先順位が明確になったんです。私は舞台を取りたいな、って。『代わりの男のその代わり』で悔しい想いをして、そこで初めて、自分は心から「お芝居やりたい」って言えるようになりました。
──── そうなんですか? そこで初めて?
りこ そうなんです(笑)。そこまではほんと、「お芝居させてもらってます。すみません」みたいな感じでした。あと、父親が亡くなったことや、そのとき父親と交わした会話とかも、影響があったかもしれません。自分自身の余命ということをすごく感じて。いつ死んでしまうかが分からないなかで、今後自分は何を大切にして生きていくのかっていうことを考えて。昨年末に、価値観がすごく変わったんです。で、「お芝居やろう」って決意して。……遅いですかね?
──── 遅いというか、意外でした。りこさんは、アマヤドリ入団後、アマヤドリの舞台で出られる舞台は全部出るみたいな勢いだったので、当初からもっとお芝居に積極的だったのかなと思っていたのですが。「役者をやりたい」って素直に言えるようになったのは、本当に最近なんですね。
りこ そうですね、はい。
──── そして今回、『うれしい悲鳴』の再々演では、ヒロインのミミを演じられる。そのことをどう捉えていますか。
りこ うーん、これもじつは、自分がやるかもしれないと思っていたのは、べつの役だったりしました。欠席結婚式の司会の役とか。私司会ってめっちゃ合うなって思って。あと、劇団員の私がワークショップ・オーディションのアシスタントに入るとき、人が足りないときの相手役として、『うれしい悲鳴』の亜梨沙役をやることが多かったんですよ。『うれしい悲鳴』のミミと亜梨沙のシーンはオーディションでも使われることがあるんですが、その場合、私は100%亜梨沙担当で。だから亜梨沙がりこにはハマリ役だねっていう空気みたいなのは以前からありました。
逆に、ミミという役は、自分とはかなり真逆だと思います。育ちも性格も。他のアマヤドリの劇団員も、私がこの役をやるというイメージはなかったんじゃないか。でも、あらためてこの戯曲を読んだときに、自分がこの役をやるのは年齢からして最後のチャンスだろうなと思いました。ミミを目指すなら、この機会が最後だなって。あと、挑戦? 広田さんは当て書きをよくするし、自分自身とまったくちがう役をもらうことって、アマヤドリでやるときにはほとんどないことだから、むしろ今回やるべきかな、と思ったし、やっぱり2013年の再演を観たときに一番印象に残った役でもあるから。そういう想いがありつつ、キャストオーディションに臨みました。
──── でも、それほどにミミという役は、りこさんのパーソナリティから遠いのでしょうか。少し広田さんからうかがったことがあるのは、りこさんはけっこう負けず嫌いな性格だということ。それは、「これって勝負じゃん」「あたしは絶対ゆずらない」と言って命を賭けてでも自分の意志を通そうとするミミと、通ずるものがある気はします。
りこ その、武士みたいなメンタルというか、そこだけは共感はしました。
──── そこだけは(笑)。
りこ でも、長科白のあるシーンのあの科白とかは、ミミの育ちだからこそ言えることだなと思うんですよ。散々いじめられて、学校にも行けなくて、家からも一歩も出られなくて、誰にも会えなくなっちゃって……って散々な目に遭っているという布石があるからこそ許される科白で。そこで描かれている感情は、人間の根源的なところに触れるものでもあるから、誰にでも共通にある部分なのかもしれないけれど、痛々しすぎて、歳を重ねれば重ねるほどあんなことは言えないなって私は思ってしまう。たとえ小学校六年生だったとしても、そんじょそこらの、私みたいな健康優良児が口にして説得力が出るような科白じゃない。ミミというのは、人が言いたくても言えないような一番カッコ悪い部分を最大限ばーって口にしても許される、そういう設定のキャラクターだからこそ成立しているのだと思います。
むしろ、私は言いたいことがあっても気を遣って抑えてしまう方で。細かいことですが、「音が見えるようになる」って言うマキノに対し、ミミが「音が見えたことはないなあ」って言うじゃないですか。あれも、「音が見えたことはないかなー」だったら自分は言えるんですが、「音が見えたことはないな」とは、自分は現実では言えないと思う。そういう、細かい科白でも覚えにくいところがあったりする役ですね。
──── ミミとりこさんのパーソナリティには相当のズレがある、と。
りこ その距離を詰めようと、努力している最中です。
──── 分かりました。ところで、西川さんはたびたびアマヤドリに客演していただいていますが、りこさんと共演したのは、たぶん『月の剥がれる』(2016年)のときだけですよね。
西川 そのときも、舞台上では会ってないです。
りこ 群舞のときにすれちがったか?っていうのがちょっとあるくらいで。
──── 役として対話するのは、完全に今回が初めてですか。
りこ だから稽古場で超感動しました。一回稽古で一緒にやらせてもらったとき、まじで家が吹き飛ぶかというぐらいのパワーを感じて。怖かったー。
西川 (笑)
──── そんなお二人がどんなミミとマキノを演じられるのか。刮目して期待したいと思います。
それでは、お一人ずつお話をうかがっていくのはここまでにして、あとは座談会として思い思いにしゃべっていただければと思います。今回のこの再々演の座組の顔ぶれについて、どのような印象を持っていますか? りこさんは客演を迎える側の視点で、西川さんはたびたび客演されている視点で、津田さんは初めてアマヤドリに参加されるという視点で、それぞれ思うことがあれば。
西川 広田さんの見る目がまちがいないってことは、毎回思いますかね。今回も。こういう戯曲で役の数がこれだけあるのに、とりあえず呼んだ、みたいな人は一人もいない。役者としての実力が一定水準以上で、しかも面白い人しかいない。
りこ とくに今回個性の塊みたいな変わった人が多いです。津田くんはまともな方。
津田 (笑)
りこ 津田くんがいる安心はありますね。座組にエンジンを掛けてくれたと思っているし、最初から「どんな役になっても最高のレベルにしてやろう」っていう意欲を見せてくれて。俳優ってやっぱりエゴがあるから、誰しも「自分はこの役がいい」「自分をこう見せたい」っていうこだわりがあると思うんですが、津田くんは「どの役になっても最高の作品にしましょう」って最初から言ってくれていた。建前かもしれないけれど、建前でも早い段階からそう発信していてくれたことが、ありがたかったです。
あと、やっぱり西川康太郎さんっていう存在も大きくて。今回劇団員が三人しかいないけれど、私たち以上にアマヤドリを知っている人が、その場かぎりでアマヤドリに適応しようとしてくれているのではなく、もっと俯瞰した目線で、こういう流れが今のアマヤドリにあるから自分は俳優としてこう貢献しよう、っていう全体を見据えた関わりをしてくださっていることに、すごく助けられています。稽古場でのサービス精神もすごくて、周りをよく見ていて、一人ひとりがいるだけで場に影響を与えるんだってことを、誰よりも実感してこの場にいるんだなっていうのが分かるほどの、場のために存在するという姿勢のあり方……毎秒毎秒、ほんとに疲れないのかなっていうくらい、場を楽しくしてくださるんですよ。
西川 うるさくしてるだけだよ(笑)。
津田 僕は、帰り道が〔西本〕泰輔さんと一緒なんですが、そこで、二人で何の影響力もないキャステイング会議を毎回しています。
全員 (笑)
津田 もう、役にはめるのが難しくて難しくて。みんな個性が尖りすぎだから。
西川 いろんな可能性を見てみたくなる顔ぶれだよね。この人とこの人を組み合わせたらどうなるんだろう?っていう楽しみが無限にある。「この役にはこの人かな」っていう或る程度の構想がまったく描けない顔ぶれで。みんな個性がある、というか、みんな役者としてどこか別のところにいるという感じです。津田くんもけっこうそうなんだけれど。自分は、或る程度俳優を長くやってきたなかで、自分がオファーされる現場って大体共演者もそんなに自分とちがわないか、ちがっても半歩ぐらいっていう顔ぶれのことが多いんですけれど、今回は本当に、稽古段階からもう「あのパフォーマンスどうやってやってるんだろう……」「俺があのパフォーマンスをやろうとしたら大分ハードル高いぞ……」っていうふうに、全然ちがうロジックを感じさせる人たちが多い。っていうか、そういう人たちばかりで。
りこ 歴史塗り替えそうな感じありますよね。『うれしい悲鳴』は、ワークショップ・オーディションでもよく使われる戯曲で、ミミと亜梨沙のシーンとか、数多くの色んな俳優の組み合わせでこれまでやってきたと思うんですけど、この稽古場ほど「マジか!?」って笑いが起こるくらい変な組み合わせでばんばん成立しているメンバーっていうのは、今までになかったんじゃないかと思います。スパイスカレーとシゲキックスと珍味、みたいな。それなのにみんな実力もあるから、そのギャップも含めて新しいです。
──── もう座組のメンバーからして『うれしい悲鳴』の歴史を塗り替える勢いなんですね。
りこ 令和感ありますよ。
──── 今から期待を禁じ得ません。
それでは最後に、『うれしい悲鳴』という戯曲は、分かりやすいエンタメである反面、設定としては色々複雑であったりするんですが、簡単に伝えようとするなら、どういうふうにこの作品の面白さを説明しますか? 宣伝的な意味合いも込めてご意見いただければ。
西川 どうだろう……結局人付き合いの物語だな、とは思います。人付き合いがあって、それがうまくいかないという話。仕事がうまくいかないとか、恋愛がうまくいかないとか、ただそれだけのシンプルな物語ではある。誰かと出会って、意見が合う人もいて、合わない人もいて、っていうごく普通のドラマだと思うんです。設定がSF的であったり、表現に詩的な部分があったりしつつも。
りこ やっぱり、アマヤドリ版ロミジュリっていうのが一番分かりやすいと思う。
西川 でも○○版ロミジュリって色々あるから、パンチは効いてないかもしれない。
りこ 「感じすぎる女」と「痛覚のない男」の恋愛、っていうチラシにもあるあらすじのキャラクター設定の説明は、けっこうパンチが効いてるかも。
──── ありがとうございます。何かしら宣伝に役立ててみようと思います。
それでは、長々とやってきましたが本日はこんなところで。みなさん長時間の座談会にお付き合いくださり、本当に痛み入ります。おつかれさまでした。
全員 おつかれさまでした。