前回からのつづきです。

 

(※記事内容に『ぬれぎぬ』のネタバレを含みます!)

 

 

◆◆◆「有島」というキャラクター◆◆◆

 

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広田:今回の作品では、作中提示している恋愛観みたいなものをお客さんにどう受け取ってもらえるかも、非常に楽しみですね。

 

 

───恋愛観?

 

 

広田:(笠井)里美がやっている「有島」っていう役。あれは、やはり今までの作品にはない人物の提示の仕方をしていると思うから。凄くお客さんのリアクションが楽しみです。

 

 

───じゃあ、「有島」について少し細かい話をしてみますけど、……自分は、先に『ぬれぎぬ』のテキストを広田さんからいただいてそれを読んだ時点では、有島という人物がそれほど嫌な奴だとは感じなかったんですね。でも実際上演されているものを観たら、「ハーフハーフかな」みたいな発言とか、ヒド過ぎて。

 

 

広田:(爆笑)

 

 

───それまでの門田への対応では「もっと頑張ります、ちゃんとして出直してきます!」っていうようなことも言うから、殊勝な人なんだね、と思っていたらいきなり「ハーフハーフ」とか言い出すので「なんだこいつ?」ってなる。あとは、雇い止めを通告される時の「村田さんが辞めようとか言ってましたけど」みたいな発言も、それ以前に「レナちゃんは辞めない方がいいよ」とか言っていたのに、態度を変えてアタシの代わりに村田を、的なことを言い出すのは、ちょっと引きますよね。でも、そのヒドさは実際に上演を観るまでは実感できなかった。

 

 

広田:有島の「ハーフハーフ」発言は、気付く人は気付くんだけれど、実は浅田真央ちゃんの発言の引用なんです。真央ちゃんが、オリンピックが終わって「来季も現役を続けるんですか?」って訊かれた時に、「ハーフハーフです」って答えたのよ。それが面白いなって思って。なんだろう、ハーフハーフって、意味は分かるんだけれどもあんまり聞かない言い回しだし、状況に対して言葉が軽過ぎて、しかもそれは今は時事ネタだけれどもべつに十年後に聞いても意味も面白さも伝わる言葉だから、使ってみたんです。

 

 

───いずれにせよ無神経な言葉ですよね、有島のあの状況では。

 

 

広田:それにあの人全然悪びれていないでしょ。もちろんそういう人物として書いたんだけれど。

 

 

───そこで思うのは、おそらく、劇作家・広田淳一の作家性の一つとして、戯曲の物語のリアリティの根幹に人物造形があるっていうことを挙げられるんじゃないかと。ちゃんと人格のある、立体感のある人物を描こうとしている。とくに今回の『ぬれぎぬ』では。

 

 

広田:そう、そういう想いはある。結局、……それこそ忠志さん〔※鈴木忠志氏。演出家。早稲田小劇場を前身とする劇団SCOT主宰〕が仰っていて、そうだよなーと思ったんだけれど、もちろん自分の弱いところや駄目なところを作品に出さなきゃいけない部分はあれど、その弱いもの・駄目なものを肯定するために作品を創ってはならないと思う。なんかね、自分としても、現実生活で人に会う時に、「苦しい」とか「駄目だ」って口にしたがる人にも一応興味は持てるんだけれど、そこから何らの努力もしていない、何ら自分で足掻いていない人には、最終的には興味を持つことができない。何もしないでいつまで経っても嘆いているだけなら、まあ好きにすれば、としか思えないから、だから僕は逆に、それぞれの場所でちゃんと奮闘している人を描きたいということになる。やっぱみんな何かしら闘う場所を見つけて闘っているはずだよな、で、そういう人にしか興味ないし、描きたくないな、と思ってるんだろうね僕は。

 

 

───そういう想いから、有島のような人物も出てくるのでしょうか。

 

 

広田:僕は有島も有島なりに凄く闘っていると思うのよ。なんて言うんだろう……僕は女性じゃないからあまり踏み込んでは言えないけど、女性でありながらエリート、官僚として生きて行こうとした難しさは凄くあったろうし、あるいは子供を育てる・育てないということを考えても、やっぱり男に比べたら身体的な負担っていうのが物凄く大きい上に、仕事の面でも稼がなきゃいけない、社会的にも自立してなきゃいけない──とくに有島のように誰かの「奥さん」という立場で子育てに専念できるわけではない女性は。そういう彼女なりの困難というものがある。

 

 

───とりわけあのリバタリアン特区ではそうですよね。誰かの配偶者だったり養育者だったりっていうことで優遇される余地が何もない。

 

 

広田:そう。だから非常に自立することを強いられる場所に彼女はいる。あの人のことは、この作品で一番頑張って書いたかもしれない。一つ考えたのは、彼女に自分語りをさせないこと。松下(仁)君がやってるあの向井って役は、自分語りをするじゃない? そして向井が自分語りをするのと同じくらいに有島にも語らせようと最初は考えていたんだけど、途中から、有島は一切黙らせるということにした。あれだけ出番があるんだけれども、彼女のことは実際観ててもあまりよく分からない。にもかかわらず、彼女の魅力は出るようでなければならない。だから、演劇的に言うと、いわゆる「おいしさ」がない役どころなんだけれど……。

 

 

───いや、むしろ逆じゃないですか。俳優の演技次第でいくらでも観客に想像させることができる。

 

 

広田:そうかもね。俳優には凄く高いレベルが求められることになる。有島は本当に演じる人によって全然違う印象になると思う。他人との受け答えのなかで彼女がどういう反応をしているかっていうのがすべてだったりするから。

 

 

───たとえば俺が観た回では、●●●●●●の対話で「嘘だよバーカ」って言う前に笑ってましたけど、あれも脚本にはない、演技・演出で付け加わった要素ですよね。

 

 

広田:それもあるし、その科白中の「バーカ」も、言うバージョンと言わないバージョンがあったんだ。「バーカ」を言うか言わないか悩んだんだよね。稽古では言わないバージョンもやってたんだけど、やっぱ品が良くなり過ぎてしまうし、実際には笠井自身結構荒々しいものを内に抱えた人だから──「バーカ」とか他人に対して言えない女の子もいるんだけれど、あの子はべつに普通に言える人だから──言わせた方がいいかなと思ったんだよね。むしろ、あそこまでちゃんと「バーカ」って言える人の方が少ないかもしれない。

 

 

───やはりお話を聞いていると、広田さんは、戯曲を書く上で相当登場人物について深く掘りさげているんだなということが分かります。

 

 

広田:有島はとくにね。有島はそれこそ最初に着想した時から、……自分の善意を持て余しているような、あるいは、もともと自分が生れつき恵まれて持ってしまっているもの(勉強が出来たり、実家は或る程度裕福だったり)への不当な感じ、そういう要素がどこかある人なんだろうなって思ってるんですよね。……うーん、でもなんて言ったらいいのかな。なんか、物凄く複雑な書き方をしてるんだよね。自分としても有島は好きな登場人物の一人だし、愛情を持って書きたいと思っていると同時に、あの人が最終的に作中一番悪い奴に見えるように書きたいとも思っていたので。かなり複雑な想いがあって書いているキャラです。

 

 

 

◆◆◆悪の相対性◆◆◆

 

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───人物をちゃんと書こうというのは、今作だからこそというところもありますか。

 

 

広田:人数少ないからね。さすがに三十人登場させようってなったら、一人一人に掛けられる時間が増えるわけじゃないから、ちょっと薄まってしまうところはある。

 

 

───有島以外の人物でこだわりがあるというか、苦労したのは誰でしょうか。

 

 

広田:やっぱ「門田」かな。門田は難しかった。犯罪者についての本を結構読んでみたりして、それこそ少年Aについての本にはじまり、色々読んだんだけれど、酒鬼薔薇聖斗とは別に凄く印象に残っている本として、『死刑でいいです』〔※池谷孝司著、新潮文庫〕という山地悠起夫って死刑囚について書いたものがあった。この山地君っていうのがなかなか同情に値する人で、彼に比べたら酒鬼薔薇はよほど恵まれてたなーって感じる。酒鬼薔薇はあれだけ大きな事件を起こしたのが十四歳の時だったから、捕まって以降は、むしろ国家プロジェクトとして彼を更正させるような体制が生まれて、凄いバックアップ体制で彼は支えられていたみたいなんだ。対して山地は、十六歳の時に一度母親を殺して少年院に入っているんだけれども、その後出て来てからまた何年かして大阪に住んでいる姉妹をレイプした上で殺害して、また捕まってしまって、その時はもう成人だったから死刑になってしまったという人で。たしかに、彼がやってしまったこと自体からして死刑になるのは仕方がないことなんだけど、生い立ちとか彼の発言とかを追っていってみると、なんとも生き辛い人生だったんだなと、もう少しなんとかならなかったのかなこの人はと、そういう同情を禁じ得ない犯罪者だったんですよね。もちろんそんな同情は、被害者の方からすれば知ったこっちゃないものだろうけれども。

 

 

───酒鬼薔薇と比べると、その山地の悪行には、まだ我々と地続きだと感じられるような点があったということでしょうか。

 

 

広田:基本的にはそんなにおかしな子じゃないように思えるんだよね。でもとにかく、環境が悪過ぎた。父親からは家庭内暴力を受けていて、だけどその父親が亡くなってしまうと、なんでか分からないけど、彼の中ではむしろその凄い暴力をふるっていた親父が神格化されていって、その裏返しとして、母親を憎悪して、その母親も子供に対してかなりネグレクト気味だったみたいで──まあその母親のことも責められないかもしれないけど──、つまり家庭内暴力あり、ネグレクトあり、片親だし、そんなに裕福でもないし、しかもADHDなんかも抱えていて、と色んな要素が重なっている子なんだけれど、でも、まともなところは凄いまともに思えるんだ。母親殺しで入った少年院を一旦出る時には、ちゃんとその少年院の人たちともコミュニケーションを取れるようになっていて、反省も或る程度した上で、これから頑張りますみたいなことで出て行ってるのよ。それでも上手く外の世界に適応できなくて、ああいう事件を起こしてしまって……。だから少年院の人は凄く悔やんでいるんじゃないかな。「彼はもう何年かここに置いておきたかったけれど、決まりで出さなきゃいけないから、上手くやっていけるか不安に思いながら送り出して、それでああいうことになってしまって……もう何年か置いておきたかった、もう少し様子を見てあげたかった子だった」、ってそういう意味のことを言っている。

 

 

───『ぬれぎぬ』の当日パンフレットに、広田さんが今作のテーマを赤裸々に書いた紙が挟んでありましたけれど〔※引用「今回の作品を書くにあたって随分と多くの犯罪者にまつわる本を読みました。/この世界のどこかに悪い人たちがいて、悪いことをしている。そんな誤解から自由でありたいと思って作った作品です」〕、そこに書かれていた、悪行とは我々とは異質な悪人が行なうものであるといった認識を相対化しようという姿勢と、今のお話は繋がるように思います。

 

 

広田:うん。

 

 

───たとえば門田と対になる登場人物である占部も、「合法だろうが非合法だろうが罪は罪」みたいなことを言う。あるいは村田という登場人物は「何が正しいとか正しくないとか、自分にはそういう信念はない」ということを口にする。そして、殺人という大罪を犯した人間が作品世界に複数いる中で、さらにそれよりも悪い人間として見えるように有島を描こうとした、という広田さんの構想がある。そこには、悪が単色では割り切れないという認識、悪の相対性をさまざまな形で変奏しようとする志向がうかがえますが、それはまさに広田さんご自身で獲得していた考えなのでしょうか。死刑囚の本を読んだりする以前から。

 

 

広田:そうだね。

 

 

───それは幾分は直観的なもの、無意識的なものとしてあるのでしょうか。

 

 

広田:いや違う。これはもう明白に……さっき『ぬれぎぬ』の着想の出発点になったプライヴェートな大きな事件があったと言ったけれど、それがきっかけだよ。その事件については、未だに消化できない部分が凄くあって、インタヴューには載せられないけれども。その事件の渦中で、自分も一人の人間を殺す決断をすることがあり得るっていうことを自覚した。べつに大袈裟じゃないと思うんだ。実際そういう結論に到ったから。もし悪の相対性みたいなことが『ぬれぎぬ』全体に漂っているのだとしたら、間違いなくそのせい。

 

 

───それは、詳しく語ることはできないのですね。『ぬれぎぬ』の創作の核心に触れることでありながら。

 

 

広田:まだ自分の中でも全然整理がついていないのでね。

 

 

 

◆◆◆登場人物との距離感◆◆◆

 

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広田:でも今回は、今までで一番、登場人物全員と自分との距離を置いて書いているような気がする。

 

 

───距離を置いている?

 

 

広田:それは、以前から距離を置こう置こうとは思っていたんだけれど、なかなか登場人物と自分とを離せないもので、でも、『ぬれぎぬ』ではちょっと、今までに比べたら距離が置けたなーという気がしている。……なんだろうな、或る登場人物の科白を書く時に、自分がその人になったつもりで、そのつど着ぐるみを着るみたいにその人の中に入って書くっていうようなことを、もちろん或る程度しなきゃいけないんだけど、でも一方で、それとは違ったふうに、たとえば向こうのテーブルで有島と誰かが話していて、それをこっちから僕が眺めていて言葉をタイプしているっていうふうに書きたいなと思っていたんだ。その方が真実なわけじゃない? 登場人物っていっても他人なんだから、分からない部分がたくさんあるはずで、僕が欲しいと思っている情報をくれるとは限らないはずで、だけどよく観察すれば、色んなものが見えてくる──そういうふうに登場人物をちゃんと観察して書きたいとは思っていた。登場人物の中に自分が入って書き過ぎてしまうと、結局、その人になったつもり、に過ぎなくて、観察ができなくなっちゃうだろうから、ちゃんと距離を置いて眺めるようにして書きたいと。

 

 

───興味深い話です。

 

 

広田:でもあれだよ、今回、有島は僕が思っているよりお客さんに嫌悪感を惹き起こしているみたいで。それはかなり意外だった。……笠井がやるし、彼女は小さいから、ちょっと可愛いじゃん、見た目が。そういう子が演じるからあんまり有島が悪い奴に見えないんじゃないかと思ってたんだけれど。あんなに嫌われるとは思わなかった。

 

 

───そんなに有島の言われようが酷いんですか?

 

 

広田:女性にはそんなに嫌われないみたいだけど、男性ウケがとにかく悪い。ある友人なんて、「いやー、こいつほんと嫌いだった!」って観終わった後言ってて。それはまあ役者や作家への褒め言葉として言ってくださってるんだけれど。「ああいう女ほんとヤダよ……」って。やっぱりそう見えるんだな、と。

 

 

───それはやはり、今までの内側に入るような書き方では書けなかったキャラだということですか。

 

 

広田:そうなんじゃないかなあ。外に置いて書きたいと思いながら書いていたんだけど……いや、でも、劇団員だからできたんだろうな、それも。

 

 

───?

 

 

広田:やっぱりほら、恋愛なんかもそうだと思うんだけれど、付き合い始めの頃の方が情熱が必要じゃない。出会ったばかりの頃はまだ相手の情報が少なくて、「もう言わなくても分かってるよ」というふうにはならないから、相手のことを知ろうとする強いモチベーション、興味が必要になる。で、客演さんとか初めて一緒にやる役者さんとかって、こっちが凄く興味を持っていかないと本当にどんな人か分からない。「その人はどんな人なんだろう?」って疑問を持っていかないと。……でも、今いる劇団員とはすでに或る程度の付き合いがあるから、もう最初の興味は消化し終わっていて、俳優への好奇心みたいなものは必要ないわけ。とくに、中村早香とかはもう熟年夫婦みたいなもんで──いや熟年夫婦は言い過ぎだけど、ちょっとした夫婦だよね、十五年近くやっているんだから、少なくとも新婚さんなんかより僕らが費やした時間の方が長い。だからもう或る程度分かってるわけよ、そんなに興味持たなくても。

 

 

───或る程度分かっているっていうことが、距離を置いて人物を書くことを可能にするんですか?

 

 

広田:そう。たとえば初めて一緒にやる女優さんとだったら、この子はどういう人なんだろう、この子はこういう人だろうか? って興味を持っていって、この子のこういうところは魅力的だな、この子がこんなことやったら面白いかもしれないな、っていう発想を膨らませて役を作るということがあるから。

 

 

───当て書きの場合ですよね。

 

 

広田:その役者への想像力+αで登場人物を作る場合は多いのよ。でも今回はそういうことをまったくしていない。いわゆる当て書きはしてない。とくに男子とかは三人しかいないから、誰がどの役をやるかは本当に考えてなかった。実際に稽古の入りでもそういうことは伝えていた。松下が門田をやるっていう案は実際検討していたし。榊がやっている後輩の役を小角にやらせようかともちょっと考えていた。ああ、笠井=有島だけはあらかじめ決めてたかもしれない。そのつもりで書いていた。

 

 

───でも、その有島に対して一番距離を置けたということは、当て書きをしつつも距離を置けたということで、純粋に客演の人を念頭に置いて書くか、劇団員を念頭に置いて書くかという点に相違があるということですかね。

 

 

広田:そうだね。もう役者への興味で想像力を刺激されるという段階は一旦終えているから、つまり、笠井なら笠井、小角なら小角、榊なら榊に対する興味で書くというのは作業として一旦やったことがあるから、それはもうしないでいい。だから今回はそうじゃないところで書けたよね。『ぬれぎぬ』では、色々本を読んで考えたり想像したりした人たちのことをインスピレーションにすることができたと思う。

 

 

───劇団員のみで公演を打つと決めたことが、『ぬれぎぬ』の作品内容にもかなり影響していたわけですね。

 

 

広田:そういうこと。

 

 

(つづく)

 

【広田淳一ロング・インタビュー1/4 『ぬれぎぬ』の構想(ほぼネタバレなし)】

 

【広田淳一ロング・インタビュー3/4 劇団員募集!これからのアマヤドリ】

 

【広田淳一ロング・インタビュー4/4 戯曲『ぬれぎぬ』の固有性】(※ネタバレ全開)