外出自粛要請の日々、みなさま、いかがお過ごしでしょうか。ご無沙汰しております、あるいは、はじめまして、アマヤドリ・主宰の広田淳一です。現在、アマヤドリでは五月の新作本公演、『生きてる風(ふう)』の稽古、準備を日々進めているところです。もうじき公演の一ヶ月前ですから、それはとても自然なことなのですが、本日、かなり不自然な決定をいたしましたのでご報告いたします。
私たちはこれより約一ヶ月、つまり、本番の少し前までの期間を稽古休みとし、積極的にひきこもるという決断を致しました。
けれど、私たちはまだ諦めてはいません。公演を行うつもりでいます。もちろん「なにがあってもやる」などとは申しませんが、今のところまだ「やれる可能性がわずかに残っている」と考えています。そこで、私たちは積極的にひきこもることを選びました。
では、どうして長期に渡って稽古場を閉じる判断をしたのでしょうか? まずは外出自粛要請が出されていること、また、感染者数が増加傾向の中で稽古を続けることが適切なのかどうか、そこに疑問が生じたからです。現在も稽古を続けている団体があることも知っています。出勤を続けている企業・団体が多くあることも承知しています。私自身、つい先日までは稽古の参加人数を思い切って絞り、少人数編成にすれば、なんとか稽古を継続できるのではないかと考えていたのです。しかし、稽古の継続はすでにベストな選択ではないのではないか、と疑問が湧き始めたのです。もちろん、続けることの「正しさ」もあるでしょうが。
演劇界の情報に目を向けてみますと、五月公演の中止・延期の報もすでに複数目にするようになってきています。異常なことです。というのも、演劇人にとって公演を打つ、本番を行う、ということは活動の本丸であり、どうてしてもやりたい「仕事」なのですから。それを延期・中止せざるを得ないカンパニーが増えてきてしまっているというのは、本当に状況が切迫していることの証拠であり、当然、私たちの公演もまた実現できるかどうかの瀬戸際まで追い込まれてしまったな、という認識を持つことになりました。
このまま事態が推移すれば公演を行うことは難しいでしょう。強行突破をするつもりはございません。また、今も増え続けている新規の感染者数が明日、明後日などの短いスパンで突然大幅な減少に転じるとも思えません。では、もう公演をやれる可能性は無いのでしょうか。
もしも私たちが五月に本公演を行えるとしたら、恐らく現状で残されている唯一のストーリーは、今から早くて二週間~四週間後ぐらいに感染者の増加が止まり、減少に向かっていくこと。そしてその時に、普段の生活を取り戻すチャンスが訪れること。このシナリオだけではないかと思うのです。つまり、私たちはこう考えたのです。
1)感染者数が増加していった場合。 →公演不可能。
2)感染者数が横ばい・現状維持だった場合。 →公演不可能。
3)感染者減少。 →唯一、公演実現の可能性あり。
では、そのために私たちに何ができるのか? 今できることは、誰よりも厳しく自粛要請を守り、社会全体の感染者が減少していくために出来る限りの努力をする。そして、ひたすら本番をやれるかもしれないワンチャンスにすべてを賭けて、今は潜伏をする。積極的にひきこもる、ということ。奇しくも、今回の私たちの作品のテーマは「社会的ひきこもり」です。もちろん、「社会的ひきこもり」と感染症による自粛とは全くの別問題ですから安易に結びつけるべきではありません。ですが、それでもなお、こんなも多くの人たちが自宅に居続ける時間を過ごすというのは、かなり特殊な体験、状況だなと思わずにはいられないのです。私たちはこの期間、接触を避けて積極的にひきこもり、ひきこもりながら最後のチャンスに賭けてみようと思います。
これからの数週間、稽古を休みにするとはいっても何もしないわけではありません。この期間は、ウェブ上、回線上でできること、通信とコミュニケーションの可能性を最大限に模索していく時期になっていくでしょう。また、ごく少人数での読み合わせのための集まりなら、この期間にも開けるかもしれません。やれることを模索していきます。いずれにせよ、全体としての稽古はすべて休みとし、本番をやるために誰よりもしっかり自粛する――。そんな戦略を採っていこうと思います。
私たちの採っている、まだ諦めない、というスタンスに対してご批判を賜ることもあろうかと存じます。「延期すればいいじゃない? どうしてこんな時期にやらなくちゃいけないの?」「何よりも健康が大事だ」「あなたたちが誰かを感染させる権利なんて絶対に無いんだよ」。確かに、そういったご意見にも説得力を感じます。間違いなく、ある種の「正しさ」がそこにはあると思います。「最低限、働かなければならない人だけ活動をして、あとはなるべく自粛をする。それ以外に選択肢はない」。本当に、そうだとも思います。ですから、今後の状況次第では私たちの公演を延期・中止していく可能性も十分にあります。その選択肢も当然、私たちの手にあり、すでに出演者に対しては、「本人の意思で公演を降板することになっても契約不履行とは見なさず、何らのペナルティも課すことはしない」と、伝えてあります。内部の多くの人に支えてもらってこそ、そして何より、お客さんに楽しんでいただいてこそ舞台は成立します。ですから、どうしても状況が許さなければ、その時には私たちも諦める覚悟をしております。
それでも、今・ここで起きることを信じて、それに人生を賭けて生きてきたのが舞台人です。
都合が合わないなら延期にすればいい。中止にしても、またの機会がある。確かにそれも真実です。この状況下にあっては、ある意味でその判断こそ尊い。ですが、人生の別の側面の真実として、「あれが最後になるなんて」「当たり前だと思っていたけどあれは奇跡の瞬間だったんだね」と思うことも多いのではないでしょうか。私たちは、形ある何かを作るためではなく、永遠に続く何かのためでもなく、もちろん、ささやかな収入のためでもなく、今しか会えないお客さんと、ここでしか起きない何かが起きることを信じて、活動を続けてきました。本当に不可能であれば、潔く、諦めます。ですので、もう少しだけ、わずかに残った可能性に賭けて公演の実現を目指す私たちを、見守っていていただけましたら幸いです。
アマヤドリ主宰 広田淳一