みちくさ公演『代わりの男のその代わり』を執筆中の今、広田淳一が考えていること思い描いていることを語ってもらいました。
ーー最初に、三人の劇というのをこの二年で三つ作ることになるわけですが、三人芝居の良さについて教えてもらえますか?
広田 三人という人数は劇作家的にはとても書きやすいです。昨年の『抹消』という作品は特に書き始める際に想定してた通りに書けたんですけど、人数が多いお芝居だったらこんなことはまず起きない。自分の中で登場人物たちが勝手に暴れ出しちゃうみたいな(笑)
たとえば三十人出てくる『月の剥がれる』みたいな作品は、書いてる途中は五里霧中でキツいんですけど、書き終わった後は、こんなことになるとは思わなかった! ていう驚きがあるんですよね。昨年の二本立てでは、『抹消』が結構予想通り書けちゃったことで逆にそのあとしんどくなって、二本目の『解除』では苦しかった。でも、すごく評判は良かったんでね。今年もまたやれる機会をもらえたのは、すごく有難いですよ。
企画の(小角)まやさんとしては、わがままみ言ってる、みたいな感覚があるのかもしれないけど「新作書いてくれ!」っていう話を持って来られることがなかなかないんだよね。劇団公演では「新作書きたい気持ちもあるんだよね」って話になっても、「いや、安全策で再演にしましょう」という議論もあった……。だから、こうしてリスクを取って新作を書かせてもらえる機会をもらえるのは、ありがたいことだよ。
ーー場があったとしても書けるものなのでしょうか?
広田 僕はどっちかっていうと、作家として書ける量が少ない方だとだと思うんですよね。特に私生活が大変になると、日々書くことをサボってしまう……。だけど、機会をもらえれば書けるっていうのはありますよね。
昨年は結構、twitterで自分の投稿がプチ炎上してしまって、みたいなことがひとつの書く動機になっていた。僕はtwitter(現在X)で色々なことを呟くんですけど、物議を醸すことも多いのでね。で、近頃はどうしてもやっぱり「炎上上等!」とも言っていられなくなってきた。昨年の時もそうですし、いろんな意味で近年、ものをいいづらい雰囲気というか、息苦しさはすごく感じています。流行り病の件しかり、ポリコレの件しかり……。だから今回の作品では、そういう言いづらいこと、もやもやの塊をスタート地点にして創作していくことになるんだと思う。
ーー今作『代わりの男のその代わり』のような現代日本でいつ起きてもおかしくない、というテイストの作品と、たとえば『水』であったり『月の剥がれる』であったりといった完全なフィクションを書く時では違いがあったりするんですか?
広田 あります、あります。例えば、今までで一番遠いところで書いたなっていうのは『うそつき』なんですよね。 あれは、それこそ嘘八百というか(笑) そもそも舞台が日本じゃないし、結構作為的に、自分の当時の問題意識と全然違うところで書いたので、逆に自由になれた部分もすごくあったんですよ。
その反対で、例えば『すばらしい日だ金がいる』は、当時本当にうつ病みたいな精神状態で、もうそのこと以外書ける気がしなくてそれを扱う戯曲を書いたんだけど、まあ、良くも悪くも距離感が取れてなくて、今でも見るのが怖いような感覚がありますね。
だから、今回みたいに現実社会と近いところから書き始める時には、きちんと自分の実生活からは距離を取らないと、逆に自由に書けないということがあって。そこを失敗しちゃうと全然書けなくなっちゃうんで、ああでもないこうでもないと考えましたね。
ーー挨拶文に「今回は情景を何よりも重視したい」と書かれていたのですがこの部分についてのお話を聞かせていただけますか?
広田 昨年の三人芝居は、あれはあれで楽しかったんだけれども、極めて言語で語るところが多い劇で言葉、言葉、言葉っていう感じにすごくなっていた。今回はもう少し余白があることをしたいな、と。
近年、「演技のためのジム」という企画で俳優さんの演技を、自分の劇作活動とは別で見ている時間帯っていうのがあるんだけれど、この「ジム」みたいな場においては結構、俳優さんの想像力だったり、言葉にならない部分をこそ大事にするべきっていうことを、年々思ってきてるんですよね。だから、その問題意識が昨年の劇作にある意味で追いついてなかったなっていう気がしていて。それでそういうことを考えました。
ここ最近、何年かの僕は、すごく言葉で埋めたいっていう気持ちと、言葉なんてなくなってしまえという気持ちの間で揺れ動いてるんです。一番顕著だったのが『生きてる風』っていう作品で、あれは上演時間に比して戯曲がものすごく短い。一時間半の作品だと普通は四万字弱ぐらいの戯曲になるんですが、あの作品は二万字しかないんです。かなり多くの時間黙ってたし、ト書きが多かったんでね……。でも、これでもやれるんだ、っていうことは大きな自信にもなったんです。あの時は、喋らないでもやれる、喋らなくても劇は成立する、という気持ちを持っていた。今回は特別に込み入った話題を扱う戯曲なので、ここでそういう手法をどこまで使えるのか? っていうのが、挑戦になっていくんでしょうね。
ーーなるほど。広田さんの戯曲って、他の作家さんと比べた時に、言葉が多いっていうのは特徴だと思うんです。だから、セリフを減らしたとしても多いんじゃないか? と思うんです。
広田 そうですね。はい。
ーー広田さんの中でセリフを減らすっていうこと、言葉以外のもので表現する、っていうのは、どういうバランスを目指しているのでしょうか?
広田 まあ、ぶっちゃけ、減らすといったって「当社比」なんでね。普通に見たら「セリフ多いな!」ってなると思うんです(笑) 僕、毎年この時期はとある演劇コンクールの一次審査を担当させていただいていて、映像作品で大量に劇を見るんですよ。様々なアプローチがある中で、逆に自分の好みが炙り出されてきたりもするんですよ。
その中で強く思ってることとしては、映画とかアニメとかっていうのはある種の紙芝居で、アニメなんかは特にそうだし、映画や映像ドラマっていうのも、結局紙芝居なわけですよ。いつでもいきなり次の瞬間には全く別の風景にいける。例えば、家庭のシーンが一秒後には海になって全員水着になることも出来たりする。「エヴ・エヴ」なんて凄かったですよね(笑) 逆に、演劇にはそういうダイナミズムはない。言うなればクレイ・アニメというか、粘土をこねてこねて変えていくことは出来るけど、突然次のページには飛べない。そのことの限界と利点を活かして作品を作っていきたいと思っています。言い換えれば、紙芝居を演劇でも出来るという誤解をして作っている劇は、あんまりうまくいかないと僕は思っています。好きではない。
どうしたって、最初から最後までお客さんは、例えば今回であればスタジオ空洞という場所から出ることはないわけで。それで、美術を組んじゃったら、ある程度転換するにしたって急に青空とかには出来ないし映画とかに比べたら全然大したこと出来ない。最初から最後までずっとお客さんも俳優も劇場空間を強く共有しながら進んでいけるっていうのが強みでもあると思うので。それを面白いところに持っていけたらいいですね。
ーーわかりました。覚悟しておきます。
広田 なんかあれなんだよな。トリガー警告についてとかもなぁ……。あっ、「トリガー警告」って分かります?
ーーそうですね、なんとなくは、
広田 例えば「この劇にはレイプを扱ったシーンがあります」とか。事前にそういう警告がなされることを言うだけど、今回僕らの題材的にはあれこれ書いた方がいいんじゃないか? という気持ちも少しあるんです。でも、今までそんな警告出したことないし、言い出したらきりが無いよっていう気もするし。うーん、なんて言うんだろう。僕これね、なんかちょっと怪しいとも思っていて。これをどんどん常識にしていって、例えばレイプを扱う劇があったら、必ず事前に警告がなければいけないっていう様になっていったとしたら、ある種の「法」というか、取り決めみたいになっていくと思うんだよね。で、それをね、ゆくゆく国とか劇場みたいな公的な団体が管理し始めたら、検閲と紙一重のとこに行くよなと思っていて。
芸術の内部に警告として形で「公」っていうものが手を突っ込んでくるっていうことの危険性は確実にある。自らその道筋をつけかねないようなことを、表現者の側がやってしまっているんじゃないか、っていう危機感もあるんです。これはtwitterではまだ書いてないことですけど(笑) でも、それぐらい怪しい話だなと思ってるところもあって、トリガー警告、みなさん人を思いやる気持ちでスタートしていると思うんですけど、若干納得いってない部分があるんですよ。だからまだ少し距離を取っておきたいな、と……。ただ、うーん、時代の流れ的に、本当にそういうことはなきゃいけない時代なんだなっていうことをすごく強く感じてはいるので……。
最近、「悲劇喜劇」の最新号で「これからの演劇界を担う若手12人の特集」っていうのがあって、若手が今何考えてるかみたいなことが色々と様々な視点で語られていくんだけど、それを読んで本当に勉強になるなと思って。すごい賢い若手の方がたくさん出てきたなっていうワクワクと同時に、なんていうかね、その「傷つけたくない、傷つきたくない」みたいな繊細さに関しては、やっぱり僕らの時代とはちょっと次元が違うな、っていうことを改めて痛感したんですよね。みんなすごく稽古場の安全性とか作り手の健康とか、そういうのをよく考えていて。僕が演劇を始めた頃はそういうのをないがしらにしてこそ芸術だと誤解されていた節があったんですね……。とにかく、全然違う時代になったんだなと思っています。
それはいいことだなあ、とも思うけど、これもやっぱり半分ぐらいはちょっと怪しいと思っていて(笑) みんな本当にもっと自由に、もっと楽に、もっと楽しく、なんていうポジティヴな動機でやれているのかな、と考えるとやはり怪しいな、と。もはや、そういうやり方をしないと座組の中での治安が保てないとか、あとは誰もがハラスメントでいつ訴えられるかわからないという恐れを無視出来ない時代だから、その事をみんながめちゃくちゃ恐れた結果でもあるんじゃないかな、とも思うんです。シンプルに言えば、萎縮した結果っていう部分もあるのかなと。いや、全体としてはすごくいいことだと思うんですけどね。でもこれは、光と影の両方あることだと思うから、双方見ていかなきゃいけないなと。
ーーところで、話変わっちゃうんですが、今回のキャスティングってどうやって決められたんですか? あとはこのメンバーだからこそこういうことがしたい! とかそういうことがあれば教えていただきたいです。
広田 そうですね……。色々考えはあったんですけど、やはり昨年は小さな二つの作品を作るという企画だったのが、今年は一本の三人芝居を二チームでやるという試みになってる。これは大違いですよね? 昨年は男女の比率が二チームで違ったんですけれども、今年は揃えた。
そもそもは、まやさんの子育ての渦中で劇をやりたい! 創作をやりたい! っていう思いがあって。一方でケイスケさんは、彼ももちろん育児の忙しさっていうのもあるんだけども、結構外部での客演が最近はかなり増えてしまったので、劇団公演への出演がスケジュール的に合わなくなってきてしまった。なので二人が、片方が稽古してる間は片方が育児を担当する、といった形で別チームで出ることによって、なんとか出られる企画を作った、っていうのがスタート地点としてはあるんですよね。だから、ケイスケさんとまやさんが別々のチームでそれぞれいるっていうのは、最初の段階で決まっていた。その後は、まあ、なんとかなく(笑)
女の子は、まやさんと(相葉)りこさんと各チーム一人しかいないんだけど。まやさんは近年、お母さんになったっていうこともあって、いわゆる立派な大人の女性になったっていうことが近年、すごくある人だと思っているから、カウンターになる人もある程度大人の俳優じゃないと、難しいだろうなっと思っていたんですよね。
そこで出てきたのがりこさん。彼女も昔からすごく気の遣える「大人」ではあったんですが、ここ何年かヨガのインストラクターとして、個人事業主として、ある意味ではビジネスを立ち上げて自分でヨガスタジオを運営してる状態なので。結構、新しい一歩を踏み出した人でもあるんですよね。ちょっと大げさな言い方をすれば、経営者という側面をここ数年でつけた人でもあるので、大人の二人っていうのは、念頭にはありました。
倉田(大輔)さんは、『天国』再演にスケジュールの関係で出られなかったので、いつかやりたいねってことはずっと思っていたんです。あとはもうここ三年ぐらいで入った新人の男性二人(宮川)飛鳥さんとカズ(堤和悠樹)さんをカンフル剤として注入して……。まぁ、カズさんは、昨年からこの企画へ引き続きの登板ですけど。期待の新人枠として二人のエネルギーをお借りしようかと思ってそういう流れになりました。
今、キャスティングに関して、この俳優陣だからこういうことがしたいとか、そういうものがあるか、ってご質問だと思うんですけどね、トンチみたいな返しになっちゃうと思うんですけど、ある意味で「この人たちだからこう」っていう台本にしなくていいっていうのが、一番僕にとっては このキャストならではのことなんです。どういうことかといいますとね、もちろん、世の中には沢山のタイプの俳優さんがいるわけで、経験がある人もない人いるわけです。そして、頑張りゃ誰でも何でも出来るっていうわけじゃない。当然です。ただ、今回は結構ベテランが多いし、気心が知れた人たちも多いから、ある意味では「この役できるかな?」という忖度を一切しなくてよい。こいつらならなんでも成立させてくれるだろう、みたいな、ある種の信頼と安心がありますんでね(笑) それが今回、かなり特殊なキャスティングだと感じています。
ーーなるほど。ありがとうございます。キャスティングの話は何となくわかったんですけど、今回、赤盤青盤で分けたわけですけど、噂ではビートルズが関係してるとか…。このグループ分けで何か違いとかあるのかなと思ったのですが、いかがでしょう?
広田 それはチームごとのケミストリーみたいなお話ってことですか?
ーーそうですね。今回どういう風な感じを想定してるのか、雰囲気だったり。三人のバランスだったり。
広田 まず青盤、ケイスケさん、りこさん、そしてカズさんのチームっていうのは、やっぱりエッジの効いた人たちだな、という気がすごいしているんですよね。俳優としての存在感にしてもそうだけど、「尖った三人」という気がしている。言い方を変えれば「すごくイビツな三人」だと思う。三人とも、いわゆる「お行儀が良い」「とっても優しい」「人のことを決して悪く言わない」みたいな方々では、ないから(笑) ある種のワイルドさみたいなものを備えたチームになるのかな、と思ってます。
一方の赤盤。まやさん、倉田さん、そして飛鳥さんというチームはやっぱりね、青盤よりは人としてバランスがいい(笑) 本当に俳優としてのスキルが高い三人が揃ってるなと思っているし、そして結構しっかりと芝居する三人。声も大きいし、フィジカルも強いしっていう意味では盤石な布陣だなっていうことは思っています。なかなか倉田さんとまやさんっていうのがバーンとぶつかるのっていうのも、久しぶりのことでもあるしね。そこに新人さんがどう絡んでいくっていうのも期待しています。あえて比較すれば、爆発力みたいなことで言ったら青盤の面白さっていうのが勝るでしょうし、だけど、赤盤の方は積み上げて積み上げてってっていう芝居の緻密さみたいなものがすごくある人たちだと思うんで、しっかり積み上がっていって、上質なものができるんじゃないかな、っていう期待はありますね。いずれにせよ、放っておいても全く毛色の違うチームになるんじゃないかなと思ってます。
ーー今回の新作も楽しみにしています。広田さん、本日は有難うございました!